交通事故に向き合う時間

  • 禰宜
  • 15 6月 2017
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人身事故がもたらす時間

まずはじめに、この記事は春日神社の禰宜が執筆していることを申し上げてます。

 

テレビのニュースなどでは聞かない日が無いほどに、人身事故は日常的に降ってくる恐怖の瞬間です。

運転歴20年の筆者も、危険な運転はごまんと見てきました。

高速道路でファミリーカーをあおり続ける車や、道路標識・信号の指示などに全く従わない車。

何時も人がいないからと路地を猛スピードで走る車や、渋滞の原因を引き起こす独善的な車など。

これは、車を運転する全ての人間が実感していることで、こういった車を如何に避け安全運転をするかという技術も必要なのだと学習する瞬間でもあります。

しかし、こういった社会の中では、人身事故が必ず起こるのです。

自動車教習所で必ず言われることばが、「あなたたちは人殺しの道具を扱っていることを忘れてはいけません。」と言った類いですが、正にこの通りで、一時のよそ見や怒りで、他者の命を刈り取ってしまいます。

事故を起こした者は、これから芽吹くであろう命を無碍に摘み、事後にどれだけ反省しようとも拭えない罪の意識が一生残るのです。

 

そして、被害者家族や関係者一同は、枯れることの無い涙を一生懸命拭き続ける時間が続き、心の底で渦巻く加害者に向けた悪意と戦い続けるのです。

 

人身事故とは、関係する全ての人間が誰一人として利を得ることが無く、無関係の人間にまで笑顔を奪う、ただただ害を成すだけの時間なのです。

 

事故に向き合う

交通事故は害しか成さないとしましたが、人はそれすら学習の一時へと昇華させます。

悲しい事故が二度と起きないよう、実例に学ぶのです。

同じ失敗をしないよう誓うのです。

 

そう考えると、学ぶべき出来事は毎日毎日絶え間なく起きているとも言えます。

どんな人間も生涯学生と言われますが、学び、改善できれば、より幸せな社会を気づけることは間違いありません。

目を反らしたくなる事件も確かにあります。

その場合は、そっと目を閉じれば良いのですが、ご自身の心が耐えられるのであれば、是非、涙を流しても良いので、事故に向き合っていただきたい。

終わったことだからと投げ出さないでいただきたい。

事件や事故を起こしたにも係わらず、それらを過去の事だからと自分勝手に風化させ、また同じ過ちを繰り返していることを自覚して欲しい。

 

そして、事故に向き合っている人間を、支えていただきたい。

 

どれほどの胆力が、向き合う為には必要になるのか、少し考えるだけでも誰にでも理解できるでしょうから。

 

子を持つ親に向けて

今回このような記事は、以前も投稿させていただきました。

ありふれた啓発記事の一つです。

情報社会のどこにも取り上げられることが無いかもしれません。

しかし、春日神社禰宜は、こういう思いを持っているのだと言うことは、発言しても良いでしょう。

 

そして、一冊の本を前回同様ご紹介いたします。

 

 

発売は昨年4月ですから、書店によってはもう取り扱いが無くなっているところもあるでしょう。

だからこそ、ご紹介させていただきます。

良いとか悪いとか、善とか悪とか、そういった常識を越えた信念を、どうか皆様に付けてあげて下さい。

そして親御さん方は、今一度お子様の顔を見つめてあげて下さい。

日々子育てに追われ、言うことを聞かない子供達に業を煮やし、時には手を上げてしまうこともあるでしょう。

しかし、私たちは大人です。

全ての大人が、幼子を導かなければなりません。

そんな時にどうか一つ、皆様の中に必ずある優しい心を思い出してあげて下さい。

 

神社神道の表す心の有り様の一つに、「浄明正直(じょうめいせいちょく)」というものがありますが、最後の一文字が表す、「素直であるべき」。

この本は、読んだ方の心を素直な気持ちへと導いてくれることでしょう。

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